最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)554号 判決 1981年7月17日
上告人
山本興業株式会社
右代表者
山本守純
上告人
山本弘二
上告人
山本恵子
右三名訴訟代理人
板東宏
村林昌二
被上告人
岡本毅一
外八名
右九名訴訟代理人
平田雄一
主文
原判決中、上告人山本興業株式会社及び同山本弘二に関する部分を破棄し、右各部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
上告人山本恵子の上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人山本恵子の負担とする。
理由
上告代理人板東宏、同村林昌二の上告理由第一について
原審は、(1) 本件建物は、上告人山本興業株式会社が昭和四〇年一月二五日建築完成した鉄筋コンクリート造地下一階地上五階塔屋付の店舗付共同住宅のマンションで、地階の床面は公道とほぼ同じ高さにあり、地階には店舗、本件車庫、事務室、ホール、一階ないし五階には住宅、屋上にはペントハウスがあつて、右上告会社は、本件車庫について所有権保存登記手続を経由し、被上告人らは第一審判決添付別紙(三)記載のとおり住宅を区分所有している、(2) 本件車庫には、建築当初、第一審判決添付の別紙(二)図面(以下「別紙図面」という。)中、ヘ点とト点を結んだ部分に自動車の出入口としてスチール製シャッターが設けられ、また、ハ点とワ点及びカ点とヨ点を結んだ各部分に人の出入口としてスチール製の片開きの防火扉が設けられ、事務室ないし階段室を経て階上の住宅部分に通じており、他の部分はコンクリートブロック又は鉄筋コンクリート壁で仕切られ、外部と完全に遮断されていて、四台ないし六台の自動車を収容することができたが、常時これを利用するのは右上告会社だけであつた、(3) そこで、右上告会社は、昭和四一年六月、別紙図面中のハ点とニ点を結んだ部分のコンクリートブロック壁を取り除き、同所にスチール製シャッターを設置し、別紙図面中のほぼA部分に相当する部分を店舗用に区画改造してこれを高梨史郎に賃貸し、その後、別紙図面中のイ点とロ点を結んだ部分のコンクリートブロックを取り除き、昭和四二年頃、別紙図面中のC部分を床が板張りの部屋に改造し、更に、昭和四八年八月頃、別紙図面中、B部分及びC部分をそれぞれ店舗用に改造し、B部分を山本孝典に、C部分を上告人山本弘二にそれぞれ貸している、(4) 本件車庫には、本件建物全体の用に供するため、天井に配線や数個の排水管が取り付けられ、床下にし尿浄化槽及び受水槽が設置され、床面に右浄化槽及び受水槽を監視、清掃するためのマンホール三個があり、また、排水ポンプの故障に備えるための予備の手動ポンプが設けられており、専門業者が、右浄化槽及び受水槽の清掃のために年一、二回、右浄化槽の点検及び消毒薬投入のために月一回の各割合で本件車庫に立ち入る必要があるうえ、排水ポンプ等の故障が生じたときは随時本件車庫に立ち入り大掛りな修理をすることが必要で、そのためにはかなり広い空場所を存置しなければならないところ、浄化槽の上は空地もしくは空場所としておくことが建築確認の際要求されていること、マンション居住者にとつて車庫は必須のものである、との事実を確定して、右事実関係のもとにおいては、本件車庫は、区分所有者の駐車場の需要に応じるために設置されたものであり、かつ、いわば機械室をかねたような構造になつているから、本件建物の区分所有者全員によつて共同に利用されるように造られているとして、これを区分所有権の目的とすることができず、建物の区分所有等に関する法律にいう共用部分たるべき部分にあたるものと認め、前記上告会社の区分所有権を否定し、被上告人らの本訴請求を認容した。
しかしながら、一棟の建物のうち構造上他の部分と区分され、それ自体として独立の建物としての用途に供することができるような外形を有する建物部分であるが、そのうちの一部に他の区分所有者らの共用に供される設備が設置され、このような共用設備の設置場所としての意味ないし機能を一部帯有しているようなものであつても、右の共用設備が当該建物部分の小部分を占めるにとどまり、その余の部分をもつて独立の建物の場合と実質的に異なるところのない態様の排他的使用に供することができ、かつ、他の区分所有者らによる右共用設備の利用、管理によつて右の排他的使用に格別の制限ないし障害を生ずることがなく、反面、かかる使用によつて共用設備の保存及び他の区分所有者らによる利用に影響を及ぼすこともない場合には、なお建物の区分所有等に関する法律にいう建物の専有部分として区分所有権の目的となりうるものと解するのが相当である(最高裁昭和五三年(オ)第一三七三号同五六年六月一八日第一小法廷判決参照)。
これを本件についてみると、原審が認定した前記事実によれば、本件車庫は、構造上他の部分と区分され、それ自体として独立の建物としての用途に供することができる外形を有する建物部分であるが、他の区分所有者らの共用に供される設備として、前記のように、天井には配管類が取り付けられ、床下にはし尿浄化槽と受水槽があり、床面には床下に通ずるマンホールが設けられ、本件車庫内に手動ポンプが設置されていて、右浄化槽等の点検、清掃、故障修理のため随時専門業者が本件車庫内に立ち入つて作業をすることが予定されているというにすぎず、右共用設備の利用、管理によつて本件車庫の排他的使用に格別の制限ないし障害を生ずるかどうかの点についてはなんら明確にされていないし、マンション内の車庫は車庫であるとの理由によつて区分所有者らの共用部分であると認める論拠に乏しいから、原審の認定した事実のみでは、本件車庫が建物の区分所有等に関する法律にいう建物の専有部分として区分所有権の目的となることを否定することはできないものといわなければならない。そうすると、原審が、右の点を斟酌することなく本件車庫を共用部分であると判断したのは、建物の区分所有等に関する法律の解釈適用を誤つた違法があるといわざるをえず、この違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、原判決中、上告人山本興業株式会社及び同山本弘二に関する部分は破棄を免れず、更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻すのが相当である。
同第二について
所論は、原審において主張しなかつた事項について原判決の違法をいうものであつて、採用することができない。
よつて、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条一項、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)
上告代理人板東宏、同村林昌二の上告理由
第一、上告人山本興業株式会社、同山本弘二の上告理由
一、原判決は、建物の区分所有等に関する法律(以下単に法という)第三条一項の解釈・適用を誤るものであり判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。
原判決は、法第一条に規定する構造上独立した建物部分が原則として専有部分であるが、このような形式上は独立した建物であつても、法第三条一項の規定からして、廊下又は階段室などと同様に構造上区分所有者の共同に利用されるように造られているものは、法律上当然の共用部分とされるとしている。問題は法第三条一項の「構造上区分所有者の……共用に供されるべき建物部分」の解釈にある。原判決が本件車庫につき、「一応建物の構造上独立して建物としての用に供することができるもの」と判断しながら、いくつかの基礎となる事実を認定した上、結局、法第三条一項の要件を満たす法定共用部分にあたるとの評価判断を下したのは同条項の解釈適用を誤つたがためである。要約して述べれば、本件車庫の如き一応構造上区分され独立性の認められる建物部分が同条項により法定共用部分と評価されるためには、当該建物部分に共用性(共同利用性)が認められることが必須であるが(一)その共同利用性は「構造上」当然に認められること(二)しかもその共同利用性は高度に、すなわち専用利用性に優越して認められることを要するというべきである。そして(三)法定共用部分か否かの判断の時期は区分所有が成立した時点を基準とすべきである。原判決は右のいずれの諸点においても法の趣旨を誤解するものであるので以下に詳述する。
(一) 本件車庫の如く構造上区分された建物部分が法定共用部分と評価されるためには「構造的」な観点からみて、当然に共同利用性が是認できる場合でなければならない。専有部分たるに何ら異論のない建物部分であつても、或いは規約により共用化され、或いは賃貸借等の契約関係を介在して共同利用性が付与される場合は多々あるのだから、構造上当然の共用部分と評されるためには、ただ、単に、共同利用性が認められるだけでは足りないことは論を待たないであろう。しからば、一応の構造上の独立性の認められる建物部分について、「構造上共用に供せられるべき」とはいかなる場合かといえば、当該建物部分が建物全体の中で占める位置なども考慮すべきであろうが、何よりもその建物部分の内部に建物全体のための共用の機械・設備などが恒常的に収容設置され、これら諸設備の保存・使用・管理と建物部分の存在自体とが不可分一体の関係になつて共用化されている場合をいうべきものである。従つて、このような建物部分は全体の建物が建築完成した時点で、既に、共同利用性が客観的に認識せられるのであり、建物建築者等の主観に留まるものではない。又その共同利用性は本来的なものであり、将来的に用途の変更も許さないのが通常である。かような自明のものであればこそ、第三者に対抗するのにも共用の登記すら必要としないのである。
原判決は右のような法の趣旨を正しく理解するものであろうか。原判決の法定共用部分にあたるという判断の基礎となつた事実を吟味する必要がある。原判決の認定事実のうち、排水管の存在や浄化槽、受水槽に関る事実は一応構造上の観点から共同利用性を問題とするものといえよう。これに対して「(本件車庫は)自動車の収容可能台数も六台に及び区分所有者数(二六戸)の二割強にあたり、……近時における激増した自動車の保有、利用状況、駐停車状況に照らすと、マンション居住者にとつて車庫は必須のものというべく、このような点から考えると本件車庫は区分所有権の需要に応じるため設置されたものといわねばならない」とする認定事実は、原判決の法定共用部分該当性の判断の重要な基礎となつていると思われるが、本来、右事実は構造上の共同利用性とは何ら関係ないもので、判断の基礎資料たり得ない事実である。
まず第一に、自動車の収容可能台数が区分所有者数に比してどの程度かということは、単に当該建物部分の規模の大小の問題にすぎず、法第三条一項の予想するような構造の問題ではないのである。およそ建物車庫の如きは一定以上の空間があればよく、建物の最も原始的な形態で足りるのである。収容台数によつてそのものが変つたり、特段の諸設備を設置することが必要になる訳でもない。建物車庫の規模の大小は区分所有者の居住建物の大小と本質的に異なるものではない。
第二にマンション居住者にとつて車庫は必須のもので本件車庫は区分所有者の需要に応じるため設置されたという事実も、ただ単に、本件車庫がマンション居住者の共同利用を目的としていたというだけのことで、右事実が構造上の共同利用と結びつくものではない。判旨を待つまでもなく、およそマンションに設置された建物車庫は、その殆んど全てはマンション居住者の共同利用を目的とするものである。これら建物車庫には、世情、専有部分として所有権を留保された上賃貸借等の契約関係を介在させて始めてマンション住人の利用権が設定される法律形態のものは多数あり、又近時分譲マンションにおいて車庫が共用部分とされる場合も、一般には規約により共用部分となると解されている。このような法律形態をとる建物車庫もマンション居住者の共同利用を目的とし車庫の需要に応え得るものであることは明らかである。これを原判決の如く、車庫が区分所有者の需要に応じるため設置された事実をもつて法定共用部分の判断の基礎事実とすることが許されるなら、およそマンションの建物車庫は車庫たるの故をもつて当然共用部分とされざるを得ず、右のような法律形態をとる建物車庫はその存在自体が否定されることになろう。これではマンション界に一大混乱を惹起することは必定であり、社会的実情を無視すること甚しいと言わねばならない。
建物車庫たるものは構造上区分された最も原始的な建物空間があれば足り、車庫としての共同利用性を決定するのは建物の客観的構造がこれを決するのではなく、建物建築者等の主観がこれを決し、契約、規約等の社会的行為を介在させて現実の共同利用が実現せられるのである。
原判決が前示の如き事実をもつて法定共用部分か否かの判断資料としたのは、法第三条一項の要請する共同利用性が「構造上」のものでなければならないことを看過したもので、本来判断資料となりえない事実を加えているものである。
(二) つぎに本件車庫の如く、構造上の独立性が認められる建物部分が、法定共用部分との評価をなされるためには、共同利用性が構造上のものであるばかりでなく、その共同利用性が優越的に認められることを必要とするというべきである。何故なら原判決の判旨も述べるとおり、構造上独立した建物部分であれば、原則として専有部分となるのであるから、これが共同利用性が認められる故に結局、専有部分たることを否定されるのは例外的場合であり共同利用性の要請を厳格に解しなければならない。右論理は区分所有建物法の本来的趣旨からみても、区分所有建物が伝統的所有権概念からみれば、独占的排他的支配性においても、尚、これを独立した所有権の対象(専有部分)とすることの社会的要請(一物性の緩和)を容れたものである以上、この趣旨に沿うものである。しかりとすれば、本件車庫は構造上の独立性を備えたものである以上、共同利用性が一部でも認められるからといつて直ちに法第三条一項の要件を満たすことにはならない。共同利用性と専用利用性とが併せ認められるならば両者を比較考量し、すくなくとも、前者が後者に優越して認められなければ法定共用部分との評価は下しえない。この点につき原判決を検討すると、共同利用性を判断する基礎事実としては次の事実を認定している。
(イ) 本件車庫の天井には数個の排水管が取付けられていること(原判決の引用する一審神戸地裁判決の理由中三4の事実である。尚この事実から何故に原判決の如き「本件車庫の天井には、本件建物全体の用に供する配線、配管類がはりめぐらされている」という判断が生ずるのか全く不明である。配線など存在しないし、存在を証する資料もない)
(ロ) 本件車庫の床下には本件建物全体のためのし尿浄化槽と受水槽が設置されており、その床面にはそれらの監視、清掃などのためのマンホール三個が設けられており(原判決の引用する神戸地裁判決の理由中三3の事実)、また、車庫内に排水ポンプの故障に備えるための予備の手動ポンプが設置されている。右浄化槽と受水槽の清掃のため、専門業者が年に一、二回本件車庫に立入る必要があるほか、浄化槽の点検、薬剤投入のためにも月一回立入る必要があるうえ、排水ポンプ等の故障が生じたときは随時本件車庫内に立入り大掛りな修理をすることが必要で、これらの必要に備えるためにはかなり広い空場所を存置することが必要となる。また、浄化槽の上は空地もしくは空場所としておくことが建築確認の際要求され、マンション等では浄化槽の上を車庫にしていることが多い。
右の事実により共同利用性が優越しているといえるであろうか。
まず、(イ)の排水管についていえば、これらは一階の専有部分のための配管(本管へ通ずる枝管)であり、一階以上でも直上階の専有部分のための配管が存在することは同様なのである。したがつて、これらの排水管は本来共用設備ではなく、直上階の専有部分の外にあつても、当該専有部分に属する物なのである(玉田弘毅、注解建物区分所有法(1)一三七頁)。のみならず、その数は数個にすぎないのであり、このような配管類は性質上殆んど保存や管理の必要を生じることはない。したがつてこのような配管が存在していたとしても、共同利用性が認められないというべきで、認められるとしても極めて微量である。
つぎに、本件車庫の地下の浄化槽、受水槽についてみれば、原判決によれば双方について清掃のため年一、二回本件車庫に立入の必要があり、浄化槽のみについてはその他月一回点検や薬剤投入のための立入が必要だというのである。本件車庫の立入の必要性たるや、僅かに年十数回にすぎないのであり、何ら恒常的なものではない。さらに排水ポンプの故障が生じた場合の故障の修理や、手動ポンプ使用のための立入の必要性たるや極めて異例なものという他ない(尚、地下受水槽から屋上に揚水するポンプについては受水槽内にあるのではなく、本件車庫に隣接する法定共用部分たる管理事務所内のポンプ室にあるのだからこれが故障しても、本件車庫の立入の必要はない。原判決は「浄化槽の上は空地もしくは空場所にしておくことが建築確認の際要求され、マンション等では通常浄化槽の上を車庫にしていることが多い」というがこれはどういう意であろうか。本件車庫はまさに全体建物の建築されたときから車庫として造られ、現在に至るも浄化槽の上は車庫として利用されているのである(一審神戸地裁判決添付別紙(二)図面のハワホニハを順次結ぶ線で囲まれる部分が現在の車庫で浄化槽はこの北側の一部の床下にある)。前述の程度の立入の必要性にはいつでも応じられるようになつているのである。「マンション等では通常浄化槽の上を車庫にしていることが多い」とは、まさに、浄化槽は極稀にしか管理の必要をみない設備であるから、平常は、その上を車庫の如き形態で利用するのなら何ら支障を来さないという観念が一般に受けいれられている証左に他ならない。
要するに本件浄化槽や貯水槽は本件車庫の内部施設自体ではなく、平常は金属性のマンホールフタで完全にしや断された地下に設置されているのであり、その位置も本件車庫の北側端の極一部を占めるものにすぎず(車庫面積が131.6平方米に対し、浄化槽面積は12.4平方米)、これら管理のための立入の必要性も受水槽にあつては年一、二回程度、浄化槽にあつては年間十数回を予定されていたにすぎないのだから、本件車庫の区分所有が成立した時点における共同利用性は間接的、部分的、間歇的であり、上告会社の利用に加える制限は僅少である。かような程度の利用関係の調整は、法第五条二項の使用請求権の規定が充分予定するところというべきである。右規定は建物区分所有法に特殊な規定であるが、このような規定が設けられた所以は、区分所有権が一棟の建物の本来不可分的に結合した建物部分を社会的要請に応えて個別所有権の対象とする結果、独占性排他性を弱め、区分所有権相互間にある程度の利用上の制約が生じることを当然に内在的なものと把えるからに他ならない。このような利用上の調整規定を別途に置いていることからも、法第三条一項の要請する共同利用性は高度のものを予定しているのである。
尚、原判決は本件車庫をして「いわば機械室をかねたような構造になつている」と評しているが、前示認定事実からこのような評価が生じる道理がない。機械の名に値する物など精々浄化槽の手動ポンプだけである。本件マンションにおいて機械室と呼ぶにふさわしいのは本件車庫に隣接する「事務所」である。ここにパイプスペースや揚水ポンプなどが設置されている。右事務所は当初本件車庫の付属建物として登記されていたが、上告会社はこれまでを、専有部分と主張するものではなく、一審訴訟係属中、分割の上抹消した。
これに対して本件車庫の専用利用性は圧倒的である。前示程度の立入を受忍する以外は、全て専用利用に適するといつてよく、如何ようにも自己の欲するままの用途に供しうる構造になつている。登記の目的たる車庫としての利用に制限されるものでないことは勿論である。専用利用性が圧倒的に認められることは、本件車庫が昭和四〇年一二月保存登記されて以降本件訴訟が提起されるまでの長期間、上告会社は自己の専有部分たることに何の疑念も抱かず、或いは山本勝一家の集会用の部屋として、或いは賃貸店舗に改造して、望むままに独占的、排他的に利用し来り、マンション住民も何ら異議なく了承をしていた事実が如実に物語るところである。
以上の次第で、原判決の認定事実に立つても構造上の共同利用性の僅少にしか認められない本件車庫は、これを法定共用部分と評することはとうてい許されない。原判決は法第三条一項の趣旨を、当該建物部分に一部でも共同利用性が認められれば法定共用部分となるとする誤つた理解に基づくものである。そうでないとすれば共同利用性と専用利用性とを比較考量しなかつたことは審理不尽があるといわねばならない。
従来の判例は、構造上区分された建物車庫につき共同利用性が認められる場合もその程度が僅少であることをもつて、結局、法定共用部分たることを否定するものが多い。けだし社会実情を配慮した妥当な態度というべきである。以下にその判例を列記しておく。
○(一審)東京地判昭五一年一〇月一二日
判例時報八五一号一九八頁
(控訴審)東京高判昭五三年八月一六日
同九〇六号四六頁
○東京地判昭五一年一〇月一日
同八五一号一九八頁
○東京地判昭五二年一二月二一日
同八九五号八九頁
○東京地判昭五三年一二月七日
同九二四号七七頁
○東京地判昭五四年四月二三日
同九三八号六八頁
(三) 前記の諸点において原判決の不当なことは論を待たないところであるが、更に付言すれば、原判決には、本件車庫が法定共用部分であるか否かを判断する基準時点にも誤解があるというべきである。
右基準時点は区分所有が成立した時点、具体的にいえば、全体建物が完成し専有部分の一部につき表示の登記がなされた時点と解すべきである(東京地判昭五一年五月一三日、判例時報八四〇号八四頁参照)。本件マンションについていえば、昭和四〇年六月一五日ということになろう。遅くとも本件車庫の表示登記のなされた昭和四〇年一二月一日を基準とすべきである。したがつて法定共用部分か否かの判断にはその後における事情は考慮すべきではない。しかるに原判決は右判断の基準として「近時における激増した自動車の保有、利用状況、駐停車状況に照らすと、マンション居住者にとつて車庫は必須のものというべく」とか「現在、マンション建築の建築確認申請に当り、駐車場の設置が事実上義務づけられている」とかの事情を挙示しているが、これらはいずれも右基準時に存在した事情とは言い難い。全国の自動車保有状況を見ると、自家用登録車輛については、昭和五三年は二、七五七万五、九五〇台となつているが、昭和四〇年四五一万二、二九九台にすぎない(陸運統計要覧、昭和五四年度、運輸省大臣官房情報管理部)。昭和四〇年においては、実に昭和五三年の六分の一にも満たないものであつた。
又、駐車場設置義務については、昭和四〇年当時、駐車場法第二〇条一項の規定はあつたが、同規定は延面積が三、〇〇〇平方米以上の建築物を対象とし、本件建物はこれに該当するものでなく、その他建築確認に際して行政指導等がされることもなかつた。
以上原判決は判断の基準時点の後に生じた事情を考慮した違法がある。
二、原判決には次の点につき理由不備ないしは審理不尽の違法がある。
原判決は賃料相当損害金の支払につき、被上告人らの各自につきその持分割合で按分した金額の請求権を認めている。しかしながら本件建物には共用部分を管理する為の管理組合が存在することは当事者に争いのないところである。かかる管理組合が存在するときは、それが民法上の組合の性質を有するのか、権利能力なき社団としての性質を有するのかは別論としても、共用部分からの収益は共用の費用に充当するのが本則であるからして、右の共用部分から生じた債権は第一次的には組合に帰属するというべきである。したがつて、被上告人らは、組合に対してその持分に応じて収得金の分配請求をするならともかく、上告会社や上告人山本弘二に対して直ちに履行請求することは許されない。右請求権が被上告人らに分割的に帰属するのなら何らかの根拠が必要であり、原判決がこの点についての釈明を求めないまま、被上告人の請求をそのまま容認したのは釈明権不行使、審理不尽の違法があり、理由に不備がある。
三、原判決には左記のとおり、判決に影響を及ぼす重要事項についての判断を遺脱し、理由不備がある。
上告会社(一審被告会社)および上告人(一審被告)山本弘二は一審において、仮定抗弁として本訴請求が権利の濫用である旨主張しこれを基礎づける事実として次のとおり主張したことは明らかである(昭和五三年七月五日付準備書面第二項)。
(1) 一審原告らのほとんどの者は本件マンションの建築当初において各区分建物の分譲を受けたものではなく、本件車庫が既に店舗などに改造された状態になつて後に買受けたものである。すなわち買受にあたつてそのような状態を既定の事実として了承し、したがつて本件車庫が共用部分などという意識は毛頭なかつたものである。
一方一審被告会社も建築以来本訴提起までの一〇年余の期間自己の所有に属するという認識のもとに、誰からも異議を唱えられることなく平穏に管理に当つて来たものである。
(2) 一審原告らが多年を経た後突如共用部分であると主張し始めたのは、一審被告会社の地代値上の要求に対する対抗手段として持ち出したものである。すなわち目的は地代値上を抑えることにあつた。
(3) 一審原告らは本件車庫が共用部分たることの根拠として、浄化槽、受水槽の管理の必要性を力説するが、本訴提起までに同人らがそのような管理行為を行つた事実は一度もない。
しかるに、原判決は右事実主張のうち、(2)のみをとりあげ判断したにすぎず、その余の主張は全く無視した。権利濫用の主張は一般条項であるから、当事者はこれを基礎づける事実主張をせねばならないとともに、その事実主張がなされれば裁判所はこれに対する判断を下すことに拘束される。(2)の主張事実に併せて(1)(3)の主張事実が認定されれば、被上告人らは権利の上に眠つている者として、権利濫用の抗弁は優に容認され得る可能性がある。まして、原判決は右(2)の事実を一審原告貫名一三本人尋問の結果により肯認しているのであり、(1)(3)の事実を認定する証拠資料も充分提出されているのであるから、原審が右事実主張に対する判断を怠つたことは、判断遺説、理由不備の違法があるといわなければならない。<以下、省略>